FIFAクラブワールドカップ ジャパン 2016
チャンピオンシップ以降、勝負強さが際立つ鹿島。往年の力強さは戻りつつある。
開幕戦のオークランドシティ、準々決勝のマメロディ・サンダウン。オセアニア、アフリカの王者を撃破し、準々決勝に駒を進める。続く相手は南米王者アトレティコナショナル。
試合結果
鹿島アントラーズ |
0-0 3-0 |
0 |
アトレティコナショナル |
個人戦術
「個人戦術」ということについて考えさせられる。
個人戦術の高さという意味ではどの選手を見てもアトレティコナショナルに軍配が挙がる。昌子、金崎、曽ヶ端あたりが対抗できなくもないが、それでも上回ると言うことはできない。
そもそも、この記事における「個人戦術」という言葉を定義しておく。端的に言えば「サッカーの巧さ」という意味で使っている。そこにはボールを扱う際の技術や、それを実現させるフィジカル、そしてボールを扱わない際の動きや、ゲームの流れを読む眼などの頭の良さも含まれる。「個人単位の戦闘力」と言い換えてもいい。サッカーはチームスポーツとはいえ、この「個人単位の戦闘力」が高い選手を集めた方が当然にチームは強く成り易い。
が、この試合に限っては、その因果が結果に反映されていない。これは既成の法則が破られたということだろうか。否。個々に個人戦術が高まればやはりチームは強くなる。それは論理的に正しく、シンプルな加算であるだけに証明すらも必要としないようにみえる。事実、南米王者は鹿島を上回るほどには強かった。
では組織戦術の勝利なのか。しかしそれも多少しっくりとこない。コロンビアのチームは確かに組織としても機能していた。守ればボールホルダーを迅速に囲み、自由にさせず、攻撃では右サイドを押し出していくという明確な意思も感じられた。だから鹿島は攻撃を封じられたし、左サイドからの脅威に晒され続けた。
潔い組織戦術
では、なぜ鹿島が勝利を得たのか。鹿島の出来は良いものではなかった。特に前半はミスを多産し、自らリズムを捨てた。曽ヶ端の美技、昌子の覚醒がなければ早々に試合は壊れていただろう。
それでも勝ち切った鹿島の勝因。それは気持ちの問題ではなかったか。いや、気合とか意気込みの話ということではない。潔さの話だ。
鹿島の拠り所は組織戦術だった。が、普段の鹿島の組織戦術という意味ではない。個人戦術を捨て切った組織戦術である。つまり、組織戦術への加重が極度に大きい、迷いのない気持ちから出る組織力。
明らかに個人戦術で劣ると認識していた鹿島の選手は、潔く個人戦術での勝負を捨て切っていたように思う。これはJリーグでは出来ない。もちろんする必要もない。南米王者という格上を相手にしたからこそプライドも起き上がらずに達することができる。だからこそ滅私的な組織守備が終盤まで徹底されるし、ポストにも救われる。それは運ではなく鹿島の守りが紙一重でゴールを割らせなかったと捉えることもできる。
ここまで書いてみて、ああそうか、これは南アフリカの日本代表と同種だな、と思い出した。
いわゆる弱者のサッカーと言われるものだ。が、現実を直視したリアリスティックなサッカーでもある。サッカーの美しさを穢す戦術として賛否あるのかもしれない。しかし他人事ではない勝負において、勝ちは何よりも勝る美酒でもある。鹿島は既にJリーグの代表であり、他人事ではない。その美酒はしっかりと味あわせてもらった。
おそらく決勝でも彼らは同じサッカーを実行するだろう。それは決して悪いことではない。南米王者ほどに欧州王者は甘くはないだろう。が、勝ちにこだわるサッカーで可能な限り渡り合ってほしい。
あとがき
最後にこう言っておこう。
他サポだけど、鹿島頑張って!
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